カイロプラクターになったわけ
わたし(岡本行央)が、生命保険会社に勤務していた、30歳を目前にした頃
会社の方針で全員、「生命保険面接士※」の資格試験を受験するようにとお達しが・・・
※生命保険面接士とは、生命保険に加入する際、被保険者の健康状態を尋ねて査定部門へ報告する立場の人が必要な資格です。保険金額が高額ですと、医師の診察が必要になったりしますが、比較的一般的な額の案件に対応しています。
その勉強をしている時に、あらゆる疾患には「痛み」が付きまとうなぁ~と思い、「痛み」に興味をもち、「痛み」について勉強したいと思ったことに始まります。
「痛み」を勉強すると一概に言っても、はて・・・・
調べました!
医者? 30歳の頃、九州で1県を一人で担当していました。ホテル住まいが多く、医学部を目指すなんていつ合格できる?国公立以外だと経済的に無理かな?と速攻諦め・・・。
柔道整復師? 体育会のノリの方々が多いので、性格的に合いそうにないなと諦め・・・。
鍼灸師? 人に針を挿す?刺す?なんて・・・と諦め・・・。
でも、東洋医学、五行や経絡の知識を得る意味では勉強しておきたいところです。
そうこうしているところに、「ある雑誌※」が目に止まり、カイロプラクティックなるものを知ることに。
※余談ですが、ある雑誌に出ていたカイロプラクターは、RMIT大学での同期の兄でした。
カイロプラクティックの発祥の国、アメリカでは、医学部と同等のカリキュラム(生理学や解剖学は医学部以上の時間数です。)が組まれ、大学院レベルのきちんとした教育を行っていることを知りました。
そして、アメリカ以外でも大学レベルで教育が行われ、カイロプラクティックが法制化されている地域が多数あるのを知り、学位をとれば、働ける国の選択肢は、柔道整復師や鍼灸師と比べ幅が広いと思ったのでした。そして、オーストラリアのメルボルンに所在し、日本のカイロプラクティックの団体と提携関係にあった、RMIT大学カイロプラクティック学科に進学したのでした。
30歳の9月に大学の存在を知り、学校案内を取り寄せ、12月には受験していました。
幸運にも合格し、31歳の4月から再度大学生に・・・・。
全日制の5年制の教育で、かなりきつかったです。
元々、自分には自分を癒す能力があると思っていました。
中学の頃、顔中に広がったイボをあら治療で自分で治したり、呼吸もできないくらいの背部痛が起こり、カイロと称する整体に行っても軽減しなかった時でも、何の知識もないのに自分で矯正してみると痛みが消えたり・・・。今まで、死にかけたことも何度もありましたが、このように病気もせず、元気に生きています。なので、カラダに関係した仕事が合っているのではないかと思ったわけです。
外国為替・外貨資金のマーケットから生命保険会社そして、カイロプラクター。
まったくつながりが無いとよく言われるのですが、自分の中ではしっかり繋がっていて、それらの経験がなければ、カイロプラクターになることはなかったのではないかと思っています。痛みや不快感に苦しむ多くの方々と接し、少しでも改善のお手伝いを出来ればと思っていますし、結果が出れば非常に楽しく、嬉しいものです。